「頑張ったね」。
子が作業所で作ったお菓子や小物を、誰かが手に取って、そう言ってくれる。ありがたいはずなのに、胸のどこかが少しだけ引っかかる。その引っかかりを、うまく言葉にできずにいる家族もいると思います。
「頑張ったね」と低く見られる
大阪などで障がいのある人が働くカフェや菓子工房を運営する、フランス料理店オーナーシェフの黒岩功さんの話が、時事通信の記事に載っていました。障がいのある人たちと出会って「すぐに、ほしい人材だと思った」という黒岩さん。けれど一緒に作った商品は、思うように売れなかったそうです。「『障害者が作ったんだ、頑張ったね』と低く見られてしまう。授産品と扱われる」。それがとても残念だった、と話しています。
ほめ言葉のはずの「頑張ったね」が、低く見る言葉にもなる。作る側のいちばん近くにいる人が、それをはっきり口にしていたことが印象に残りました。
発達障害のある息子さんをもつ元アナウンサーの赤平大さんも、読売新聞の連載で、職場で「障害者なのにすごいね」と言われた例を紹介していました。障がいのある人はできないはず、という前提があってのほめ言葉です。
欲しいと思われて、選ばれること
黒岩さんはその後、「障害者が作れるもの」を売るのではなく、「市場が求めるもの」を作る方針に変えました。急ぐのが苦手な人と作るなら、焼きたてが売りのクレープではなく、作り置きできるミルクレープやロールケーキで勝負する。それぞれの得意な作業を持ち寄って、一つの商品に仕上げるのだそうです。
別の家族の話もあります。知的障がいのある21歳の息子さんが、作業所で働いて得たお給料で、お母さんの誕生日にケーキを買ってきた。お母さんがSNSにそう投稿し、ニュースサイトで紹介されていました。子が作ったものが「欲しい」と選ばれること。子が稼いだお金で、誰かのために何かを選ぶこと。どちらも、「頑張ったね」とは少し違ううれしさなのかもしれません。
「仕事」として買う仕組みもある
一つ知っておくと、見え方が少し変わるかもしれないことがあります。障がいのある人が働く事業所から物品やサービスを買うことについて、法律があります。「障害者優先調達推進法」です。国や独立行政法人は、障がいのある人が働く事業所から優先的に調達するよう努めなければならない、と定められています。自治体にも、受注の機会を増やす努力が求められています。
厚生労働省のまとめでは、令和6年度に国や自治体などが、障がいのある人が働く事業所などから調達した額は、合わせて約246億円でした。寄付ではなく、品物やサービスの代金として支払われているお金です。
同情で一度買ってもらうより、「よかったから、また」と何度も選んでもらうほうへ。「頑張ったね」に引っかかる気持ちは、わがままではないのだと思います。
お子さんが関わったもので、「これは本当によくできている」と胸を張れるものは何ですか。

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